ぞ〜っ
ここのところのあまりの猛暑でこちらを更新
するのもすっかり忘れておりました(泣)ここでひとつ霊感のまったくない僕の体験談をご披露。
数年前の夏。。やはり終戦記念日の前後だったと記憶しております。
夜中にフッと目を覚ましますと、枕元に男性が
いたのです。月明かりにうっすら照らされた
その男性は。。年齢は多分五十歳前後。角刈り
のような短髪で間違いなく「軍服」を着ており
うなだれた格好で胡座で枕元にいました。
あまりの驚き、眠さ。。いろんなものが加わり
僕はその男性に「死んじゃったの?」と
聞いたのです。すると男性は「死んじゃったんだよ。。」と呟きました。
あまりの恐怖に布団に潜り込みそのまま寝てしまいました。。
思い当たる要素もあるんです。
僕の住んでいる地域を調べると、戦争時代は空襲もひどい地域だったこと。
そしてこの地域には敵軍を撃ち落とす大砲台跡
も今も残されています。
そして僕の寝ていた方向。。完全に「鬼門」を
向いて寝ていたこと。。
この日以来僕は寝る位置を変え、しばらくは
数珠をかけたまま寝ていました。
今でもこの時期になるとあの男性を思い出してしまいます。。
終戦から65年。。それでも色褪せることなく
その悲惨さは自分で調べてでも忘れてはいけないことですね。。
平和ボケしている僕があの男性にはどう映って
いたのでしょうか。。。
味覚
若い頃はとにかく肉肉肉で。。トンカツ、ハンバ−グ、
エビフライ。。舌が「お子ちゃま」で。。
それが何時の間にか味覚が変わっておりました。
漬物、山菜、刺身。。昔「お年寄りの食べ物」
と決めつけていた食べ物が実に美味しく感じます。
年齢と共に味覚は本当に変わるんだな〜と
ここ最近、痛感しております。
来月はまた一つ年を取ります。次は一体自分の
何が変わるのかな〜という不安と期待を抱いて
おりますが、昔から現代まで変わらないものも
あるんです。それは「酒の味覚」で(笑)
本当にビ−ル一辺倒で。。そのうち日本酒党
とかになる可能性あるんですかね〜。。
バランスのとれた脳
仕事柄、「文系脳」ばかり使っていて、
「理系脳」は二十数年ばかし休眠状態。
この状態はアンバランスな気がして実は前々
から「ヤバイな」と思っておりました。
しかし大人になって普段の生活といえば「理系脳」
など使う瞬間も訪れず。。(笑)どうしたら
理系脳を使うことができるのか密かに数ヶ月前
から考えてたんです。
一念発起、アマチュア無線技師の免許取得を
目標に本当に人知れず勉強しておりました。
いやはや、電流だとか電圧だとか抵抗だとか。。
学生時代の記憶は全てなくなっておりまして。。
それでもここ二ヶ月ほど理系脳を鍛え、
二度の講習を経て本日試験を受けてまいりました。
振り返ってみると。。普段使ってない脳を
使うことは本当に大変で。。
それでも「刺激」というのはあるもんで
なかなか充実した時間を過ごせたかなと
思っております。
脳のバランスがとれたかどうかはわかりませんが。。
試験の結果は。。勿論「自信アリ」です(笑)
生まれ変わり
昔こんな光景をテレビで見ました。
外国のとある路地にしゃがんでいた老人が
こんなことを言いました。
「人とは生まれ変わる。古くなった服を捨て
新しい服に着替えるように、魂も肉体が古くなれば新しい肉体に着替えるのだ」と。
皆様どう思います?僕はあながち間違いではないような気がします。いや、そうであってほしいなと思ってます。死んだら「無」ではあまりに寂しいですもんね。魂はまた新たな肉体に宿ると考えたほうがまだ救いがあるといいますか。。しかし生まれ変わったとしても前世の記憶も失い完全な新しいスタ−トになるんじゃないですかね。僕も前世の記憶などまったくないし(笑)しかし魂とは不思議なものです。
どれだけ科学が発達し、今までわからなかったことが解明されていったとしても、魂とは。。
きっと永遠に全て解明されないでしょうね〜。。
ゴミ
ゴミの理想的な捨て方がわかりません。
前までうちの地域のゴミ収集車はゆっくりめでしたので、昼寸前まで寝てからでも
燃えるゴミが捨てられました。今月に入ってから急に収集車が来るのがとてつもなく
早くなり困っております。考え方の一つとして、例えば水曜が収集日だった場合、
日付が変わればもう水曜日だから捨ててもいいという考え方。しかしあまり早く捨てて
しまうとカラスなどに荒らされてしまうこともあります。今は収集所にはカラス防止の
ネットなどありますから夜中に捨てても大丈夫。これも考え方の一つ。
例えば一人暮らしの多い地域などではマナ−もル−ルも関係なく、日付も変わらぬ
前日のうちにガンガンゴミが捨てられている個所もうちの近くには現実にあります。
もし変な人が火でもつけて逃げたら。。ゾッとしますよね。
う〜ん。。考えれば考えるほど、見逃しがちなのですが切実かつ大切な問題。。
ゴミはいつ捨てるのが理想的なんでしょうかね〜。。。
以前に何処かで。。
書いた問題なんですが。。僕は男女間では友情は成立しないと思ってます。
同性は「友情」異性は「愛情」。。異性の「友情」とは存在しないものだと思っています。が、これは呼び方の問題で同じ「情」には変わりないんですが。
よく「男友達、女友達」という言い方を普段何気なくします。
異性間では友情は成立しないのでこの呼び方はいささか違和感があるような気がしてなりません。「男の知り合い、女の知り合い」ではダメなのだろうかとよく思ってしまいます。
勿論この意見には反対意見もありましょう。
でも。。違和感ありますがあなたが異性の友達のことを思って何かをやったとしましょう。
その優しさは「友」ではなく「愛」の情けなのですよきっと。
それでも異性間に友情は存在するという意見の方も多いと思うのですが、
それは「友情」という言葉を纏った「愛情」なんじゃないかと思うんです。
男同士の場合は「友情」であり「愛情」というと何か気持悪いでしょう?(笑)
男と女、つまり異性だからこそ「愛情」という言葉は似合うのです。
それでも純粋に異性の友達がおられる方もいるでしょう。
いいじゃないですか。「愛情」で。異性間だからこそ使われる、または使っていい言葉
は心おきなく使おうじゃありませんか。
なになに?親子の異性の場合?う−む。。やはり「愛情」と言うんでしょうな〜。。
映画
よく作詞した歌は現実に経験したことかそれとも想像なのか聞かれます。
答えとしては「想像」ですね。僕は自分の実体験を詞にしたことはないと思います。
時には想像だったり、願望だったり。。
歌詞ではなく、映画というのももあります。皆様映画よくご覧になりますか?
僕はもう25年以上はまともに映画を見てないかもしれません。
特にSF映画とか。。「どうせ想像の世界だろ」という考えが先にきてしまい、
映画をまともに見ないままこの年齢になってしまいました。
歌詞には想像を散りばめるくせに映画は想像の世界だと決め付けて見ない。。
いやはや困ったものです。
歌詞の世界以外は現実を求めます。ですからドラマも滅多に見ないんです。
唯一見るのが水戸黄門くらいで(笑)ニュ−スやドキュメンタリ−などつねにテレビでは
「現実」を求めます。いつも作詞をするときは想像していますので、他に想像の世界に
入っていくのをきっと知らずに拒否しているんだろうな〜と最近思っています。
もしかしたら作詞家の職業病なのかもしれませんね。。
だとしたら寂しいな〜。。。